研究ニュース
<新商品開発課題>
長期不受胎牛に対する
膣内留置型黄体ホルモン製剤およびF1体外受精由来胚の活用

浦川真実・出田篤司・波山功・青柳敬人

期間:平成18年4月〜平成19年3月



緒言

 近年、泌乳牛の産乳能力が高まってきているが、人工授精による受胎率低下の報告が北海道内1)のみならず世界各国からなされており、繁殖性の低下、特に長期不受胎牛の増加が懸念される。一方、泌乳牛において乳量の増加に伴い発情行動の微弱化も大きな問題となっており2)、発情微弱化による不適期な人工授精のタイミングが原因による長期不受胎牛の存在も考えられる。我々は今まで膣内留置型黄体ホルモン製剤の未経産牛への処置により発情周期同期化が高率に誘起できること、しかもその時期はほぼ同じ時期に揃っていたことから未経産牛の発情周期同期化にこの黄体ホルモン製剤の処置が有効であることを報告した3)。さらにリピートブリーダー経産牛に対して膣内留置型黄体ホルモン製剤の9日間処置とPGF2αの投与により高率に発情を誘起でき,さらにその時期はほぼ同時期であったことを確認した。

 そこで今回は膣内留置型黄体ホルモン製剤の処置による発情誘起を試み、発情確認したリピートブリーダー経産牛に人工授精,さらにその7日後に同じ種雄牛由来精液で製造したF1体外受精由来胚を追い移植し,受胎成績に及ぼす発情誘起の影響を調査したので報告する。



試験材料および方法

供試牛

 供試牛は生殖器や副生殖器に異常がなく正常な性周期を有しており発情毎に人工授精を3回以上行なっても受胎しなかった牛を対象とした。試験区は発情誘起のために膣内留置型の黄体ホルモン製剤(以下PRID、本体シリコンラバー中にプロジェステロンを1.55g,カプセル中にEB10mg含有,あすか製薬)を使用し、供試牛の発情周期を特に限定せずに膣内に挿入した。挿入後7日目にPGF2αアナログ500μgを筋肉内投与し、その2日後にPRIDを抜去した(合計PRID 9日間処理)。対照区はPRIDあるいはそれ以外のホルモン製剤などの処置は行なわず,自然発情を認めたリピートブリーダー経産牛を対象とした。


追い移植

 発情日に1頭の種雄牛由来の黒毛和種精液で1回人工授精を行なった。その7日後,人工授精を行なった精液と同じ種雄牛由来の精液で作製したF1体外受精由来胚(ホルスタイン種×黒毛和種)を非外科的に子宮内に移植した。移植時,リピートブリーダー経産牛の一部にhCG1500単位の筋肉内投与を行った。


妊娠鑑定

 妊娠鑑定はDay60日以降に直腸検査により行なった。


調査項目

 PRIDを用いて発情周期同期化したリピートブリーダー経産牛(試験区),あるいは自然発情由来のリピートブリーダー経産牛(対照区)でそれぞれ受胎率を調査した。また試験区と対照区を合わせた全てのリピートブリーダー経産牛で産歴,人工授精回数および空胎日数が受胎率に及ぼす影響を調べた。さらに移植時におけるhCG投与の有無およびF1体外受精由来胚の移植時に黄体側の子宮角に移植するかあるいは非黄体側の子宮角に移植するかで受胎率を調査した。


統計処理

 受胎率は検定で解析した。産歴、人工授精回数および空胎日数は対応のないt検定で解析し、それぞれ危険率5%以下の場合,有意差があると判定した。



結果および考察

 自然発情由来のリピートブリーダー経産牛161頭に黒毛和種凍結精液で人工授精を行ないその7日後, F1体外受精由来胚の追い移植を行なった(対照区)。また試験区ではPRID処置により発情を誘起したリピートブリーダー経産牛103頭について黒毛和種凍結精液で人工授精を行なった。その7日後,嚢腫により1頭,黄体が確認できなかったもの2頭の合計3頭を除く100頭にF1体外受精由来胚の追い移植を行なった。妊娠鑑定の結果,発情同期化の有無により受胎率に差は認められなかった(表1)。

 対照区と試験区で受胎率に有意な差がなかったことから両区をまとめて産次,人工授精回数および空胎日数別に受胎率を集計した結果を表2に示す。受胎率は受胚牛の産次,人工授精回数および空胎日数が増加したとしても影響は認められなかった。我々は前回リピートブリーダ経産牛に対してF1体外受精由来胚を移植することにより41.8%の受胎率を得たことを報告した4)。さらに移植形態の違いにより受胎率が向上できる可能性があることを報告した(受胎率:凍結1胚<凍結2胚<追い移植)。今回,追い移植により38.3%の受胎率と前回の報告よりも若干受胎率は低くなったが,これは試験期間の違いや受胚牛の飼養管理方法の違い,またF1体外受精由来胚を作製する種雄牛の違いなどが受胎率に影響を及ぼしたものと考えられた。いずれにしてもPRIDもしくは自然発情後のF1体外受精由来胚の追い移植により安定して受胎率を得られることが明らかとなった。

 我々は発情周期5日目にhCG製剤を未経産牛に投与することによりDay60での受胎率および妊娠率が無投与区に比べて上昇したことを報告した5)。これは発情周期5〜7日目にhCGを投与するとその時点で存在する主席卵胞を排卵させ副黄体化,若しくは既存の黄体機能を強化することにより血中プロジェステロン濃度が上昇して受胎の維持に役立ったものと考察した。今回も移植日にhCG製剤を投与することで有意ではないものの受胎率が約7%増加することが明らかとなり,移植時の積極的な投与が受胎率の上昇に効果的であることが過去の報告同様明らかとなった。通常,受精卵移植は直腸検査により黄体が存在する卵巣側の子宮角に移植を行なっている。金川らは過去の報告から排卵側の子宮角に移植した場合に高い受胎率が得られているが追い移植の場合非黄体側でも受胎するとしている6)。今回,有意ではないものの黄体の存在しない卵巣側の子宮角に移植しても黄体側に比べてほぼ同じ値であった。今回排卵した卵子が人工授精によって受胎したか人工授精の7日後に移植されたF1体外受精由来胚が受胎したかは不明であるが,F1体外受精由来胚の追い移植では胚移植時に無理に黄体側の子宮角に移植する必要はなく,移植し易い子宮角側へ移植しても受胎率は変わらないことが明らかとなった。

 以上,膣内留置型応対ホルモン製剤を使って発情周期を同期化したリピートブリーダー経産牛に対してF1体外受精由来胚を追い移植することによって自然発情由来と同程度の受胎率が期待できること,受胎率は受胚牛の産次,人工授精回数および空胎日数の違いに関わらず一定であることが明らかとなった。これらのことから膣内留置型黄体ホルモン製剤とF1体外受精由来胚の利用はリピートブリーダー経産牛に対する救済措置として有効な方法の1つであることが示唆された。




謝辞

 本試験を行うにあたりご協力いただいたJA大樹,JA浜中,北見地区ノーサイ,オホーツク中央ノーサイならびにナガイベテリナリーサービスの関係各位に感謝申し上げます。


 

表1 
自然発情あるいは膣内留置型黄体ホルモン製剤により発情誘起した
リピートブリーダー経産牛へのF1体外受精由来胚の追い移植成績について 表1

表2
F1体外受精由来胚の追い移植成績に及ぼす産次,
人工授精回数および空胎日数の影響について
表2

表3 
F1体外受精由来胚移植時のhCG投与と移植角の違いが受胎率に及ぼす影響
表3



参考文献
 1)
小野斉 なぜ、ここまで落ちた乳牛の受胎率 繁殖生物学会誌 2001, 8月号: 5-9.
 2)
Lopez. H. et al. Relationship between level of milk production and estrous behavior of lactating diry cows. Anim. Reprod Sci., 81:209-223(2004)
 3)
青柳敬人,出田篤司,浦川真実,波山功,武富敏郎,小西正人,宮本明夫,松井基純,三宅陽一 受胚牛の発情同期化処置に対するProgesterone releasing intravaginal device(PRID)の利用について 北海道受精卵移植研究会誌 2006,25:7-9.
 4)
浦川真実,出田篤司,齋藤暁子,酒井久美子,岩佐昇司,酒井伸一,青柳敬人 長期不受胎牛に対するF1体外受精卵の移植について 北海道受精卵移植研究会誌 2005,24:28-31.
 5)
出田篤司,岩佐昇司,小西正人,武富敏郎,酒井伸一,岡本康,浦川真実,宮本明夫,青柳敬人 発情周期5日目のhCGあるいはGnRH製剤投与が受精卵移植後の妊娠率に及ぼす影響 北海道受精卵移植研究会誌 2002,21:25-27
 6)
金川弘司 牛の受精卵移植 近代出版