歴代の発表者紹介

高宮城 実一郎(沖縄県)

優秀賞 沖縄の気候に合った酪農を目指して 〜家族と共に歩む〜

沖縄県の酪農は、平成25年度の酪農戸数69戸、生乳生産量は2万3千275トン。沖縄市は人口13万8千772人で那覇市に次いで2番目。米軍基地を多く抱える事情などから国際色豊かで、県内でも独特の雰囲気がある。 私の牧場がある美里酪農団地は、米軍の嘉手納基地の滑走路の延長線上にあるために、多い時で1日約200回、牛舎内に爆音が響き渡る。牧場の周辺は、養豚団地や肉用牛団地、養鶏団地が隣接し、畜産業が盛ん。美里酪農団地は、昭和57年度に基地周辺整備事業で建設され、現在は7戸が協力し合い経営を営んでいる。
高宮城牧場は昭和57年に父が搾乳牛7頭規模からスタート。現在、経産牛86頭と未経産・育成牛50頭を保有。私も手伝いをしているうちに酪農という職業に魅力を感じ、地元の中学校を卒業後、北海道私立とわの森三愛高等学校に進んだ。北海道での実習を経て、平成21年に就農、26年1月に父から経営を移譲された。家族主体の経営で、私、母、姉、弟と従業員の計5人で連携。父は美里酪農団地共同の堆肥センターに従事している。
沖縄県の多くの酪農家は自給飼料が作れず、粗飼料、濃厚飼料を購入に頼っており、飼料高騰の中でも所得を増やすために柔軟に酪農経営を行っている。繁殖の特徴として、県内の経営コンサルタントの獣医に牧場経営や繁殖技術を学んでいる。父の代では繁殖はAIのみだったが、私が繁殖状況を見るようになってから、親戚の和牛農家と連携を取って和牛ETを付けて販売、受胎率も上がった。後継牛を残したいと思う経産牛には、ホルスタインの雌雄判別精液も付けている。今では預託センターに25頭、自家育成25頭を飼養している。県外からの導入頭数を減らすことができ、費用の軽減にもつながっている。

沖縄県は5月のGW頃の梅雨入りより11月頃まで高温多湿な状況が続き、昼夜でも温度差が少なく、1年の大半を暑熱対策に力を注いでいる。経産牛2頭に送風機1台を設置。夏場は24時間稼働し、梅雨時期から夏にかけては細霧をつけているが、牛床が湿って牛舎内の湿度が過剰に上がることがあるので、天候を加味しながら稼働している。屋根には断熱用ペンキを塗っている。

また、カウコンフォートは常に安楽性や衛生面には気を使っている。牛床にはゴムチップマットを敷き、炭カルをまいて常時乾燥した状態で細菌の繁殖を抑えている。牛床の後ろの通路には消石灰を撒いている。ウォーターカップの配管も太くして、牛群全体に水圧が十分行きわたるようにした。沖縄県酪農農業協同組合推奨事業の環境美化コンテストで最優秀賞をいただいた(平成23、24年度)。生産性と衛生面、防疫面向上を求めることで、継続的に経営できる基盤作りができている。

牛群管理は、あえて分離給与方式を採用。給餌時に個体ごとの摂取状況を観察できるメリットを最大限に活かせるからだ。また、摂取量を高めて残餌低減するために、一日の飼養管理のスタートを午前1時に設定。濃厚飼料給餌を1日7回行い、牛たちの健康状態を見ながら分量を変えている。更に餌押しをこまめに行い、食い足りない牛を出さないようにしている。牛の改良の面でも、私好みの牛を作り、沖縄県共進会で24年度農林水産大臣賞を受賞。出品牛が受賞することで酪農経営の意欲にもつながっている。避けては通れない糞尿処理は、美里酪農団地に隣接した共同の堆肥センターがある。堆肥は「美酪有機」という名前で、県内のホームセンターや堆肥業者、子牛農家に販売している。県では毎年400頭余りの初妊牛を導入しているが、近年価格が高騰しているので、私は自分の後継牛を残しつつ、自家育成を増やして、県内農家への供給を試みたい。受精卵移植事業にも積極的に取組み、付加価値の高い畜産経営を目指していく。現在、制約された敷地内での酪農経営だが、団地内で許される限り規模拡大を含め、本業である酪農事業を中心に、和牛子牛生産へも視野を広げ、更なる収益向上を目指したい。

父が始めた酪農。去年、私が父からバトンを受け取った。父がこのような暑さの厳しい地域で、このような爆音の響く基地の真ん中という環境で成績を出してきたということを、多くの苦労の中で築き上げてきたこの高宮城酪農を、これから家族、兄弟、力をひとつにして、次世代の我が息子たちにバトンが渡せるような、魅力ある酪農経営を目指していく。沖縄の酪農に勇気と誇りと信念をもって、スタッフとともに挑戦し続ける。