第33回の発表者紹介

石田 陽一(神奈川県)

優秀賞 人を繋ぎ、育てる価値創造牧場 〜6次化のその先へ〜

伊勢原市は神奈川県のほぼ中心に位置する人口約10万人の町で、相模湾に近い温暖な気候によって、果樹、稲作、野菜、酪農と、規模は小さいが様々な農業が展開されている。私の牧場は飼養頭数40頭、年間生産乳量は約340トン。まとまった土地の確保が難しいため、育成は全頭預託。自給飼料は3.8haの借地でデントコーン、裏作に燕麦、イタリアンライグラスを栽培している。

農家の長男の私は、家族が楽しそうに働く姿を見て、自然と「酪農家になりたい」と思うようになった。2007年に大学卒業後、ニュージーランドの牧場で働いていた。2600頭、700haの超大規模放牧飼養酪農の圧倒的な規模と生産性を見せつけられ、飼料の高騰もあって「神奈川でやっていけるのか」と不安を抱くようになった。土地が限られ、頭数を増やせず、自給飼料の生産にも限界がある。糞尿や臭いなど、周辺の住宅に配慮しなければならない。自信が持てなかった私に転機が訪れた。保育園に先生役として訪れた時、ある園児が『生きている牛が牛乳を作る』ということを知らず、保育士でさえ『牛は大きくなったら乳が出る』と思っていたのだ。それで「消費者に向き合ってこなかった我々生産者がいけないのだ」と考えた。牧場から半径50キロに約2千万人もの牛乳を飲んでくれる人がいる。ニュージーランドにも北海道にもない無限の可能性を秘めていると思えた瞬間、私の未来は徐々に開かれていった。

酪農教育ファーム認証牧場となり、小学校や幼稚園、保育園の受け入れを始めた。子供たちは、牛はどのようにして生きているのか、どんな人が働いていて牛乳を作っているのか。牛乳は母牛がお腹を痛めて生んだ子牛のために、命を削って搾り出していること。それを我々人間がいただいているという大切なことを学んで、笑顔で帰っていく。

この教育ファーム活動では、私も二つの大切なことを教えてもらった。一つは、子供たちは牛がウンチをしたり、エサを食べたりする姿を見て、目をキラキラ輝かせていて、『牛が生きていること』は当たり前ではなかったと気づいたこと。二つ目は、この子たちの口の中に入る『食品』を作っているという酪農家としての使命。「おいしい!」という笑顔や、骨や筋肉となってこの子たちの成長に関わっているということ。
使命感で前向きに仕事をするようになり「牧場の牛乳が飲みたい」「アイスやチーズはないの?」という声が聞こえるようになった。「結婚して俺が搾った牛乳でジェラートを作って、沢山の人においしいと言ってもらえる幸せな牧場を作ろう」と、高校で食品加工を学んでいた妻へのプロポーズと6次化への進出という人生の2つの決断を同時にした。
なぜジェラートなのか?牧場の牛乳と四季折々の仲間たちの農産物を使うことによって、「全部地場のもの」「安心、安全」とお客様が笑顔になり、私たちも笑顔になる。『笑顔のめぐり』が巡り続けることで、必ず地域全体が発展する。この思いから、ジェラート屋を『めぐり』と名付けた。月1回『めぐりいちば』というイベントを開催し、農家が直接農産物をお客様に売っている。こうした取り組みで、スーパーや直売所で “めぐり農家”の農産物の指名買いをするお客様も増えている。

2014年2月に、ジェラート屋『めぐり』を分社し、株式会社『めぐり』を設立。資本金は提携している農家仲間にも出資してもらった。本当の意味で成功を分かち合える戦友として、固い約束を交わした。私も成長させてもらった。神奈川県畜産環境コンクールで、平成25〜26年に最優秀賞を受賞し、3年連続に向けてチャレンジを続けている。神奈川の酪農場初となる農場HACCP認証の取得に向けても動いている。
酪農教育ファーム活動は、市の公立小学校10校中8校、公立中学校4校すべてが毎年訪れ、市外からも増えている。2030年頃には市内のほとんどの子供たちは、石田牧場で感動体験をし、牛乳の本当の価値を学び、牧場の大ファンになっている。すごいことだと思いませんか?
限界だと思っていた自給飼料の生産も、仲間との繋がりで突破できる。コントラクターを使用した飼料稲の増産は神奈川ではまだ事例がない。私たちが先駆者となり、飼料自給率20%から70%までの引き上げ、周辺の酪農家全体のコスト減と稲作農家の収益増に向けて仲間たちと勉強中だ。
『めぐり』の若手社員も、自分たちの仕事が農家の幸せに繋がり、神奈川農業の発展に寄与することを自覚して、自主自立型の人材に成長している。石田牧場の経営は、若手社員の努力と、農家仲間たちとの信頼、そして家族の協力がなければ語ることはできない。神奈川の酪農家として生まれて良かったと、今では自信を持って言える。まだ志半ば、何十万人の人にとって価値ある牧場に発展できるよう、神奈川県の無限の可能性を生かし切るチャレンジをしていきたい。