日本一のピーマン産地
副部会長 菅谷さん親子
茨城県の最東南端に位置する神栖市は、作付面積・収穫量・出荷量で日本一を誇るピーマンの一大産地です。ピーマン栽培の歴史は古く、戦後まもない昭和24年頃に進駐軍向けの野菜として栽培が始まったといわれています。かつては落花生やスイカなどが栽培されていましたが、水はけの良い砂質土壌がピーマン栽培に適していたことや、施設園芸の普及などから生産が拡大していきました。昭和41年に発足したJAなめがたしおさい波崎青販部会は約60年の歴史を誇ります。色ツヤが良く、苦味の少ないピーマンを年間通じて生産し、北は宮城県から南は愛知県まで幅広い地域に出荷しています。
今回は、祖父の代から3代にわたり50年以上ピーマン栽培を続ける菅谷さん親子にお話を伺いました。
おいしさと安全安心を追求して
ハウスのなかには艶々としたピーマンがたくさん実っており、「自分の子どもにも安心して食べさせられるピーマンを作ることがこだわりです」と菅谷さんは話します。安全安心なピーマンを育てるため、部会全体で有機質肥料を使った土づくりや天敵昆虫を活用した減農薬栽培に力を入れています。病害虫対策では、害虫の種類や大きさに応じて3種類の天敵昆虫を使い分けています。
菅谷さんは「私の圃場ではキノコ由来の肥料や馬ふんなどを使っています。土の状態はピーマンの味にも影響するんです。また、天敵昆虫を活用することで農薬による株への負担も減り、生育が進んでもムラなく対策ができます。おいしさはもちろん、見た目の美しさにもこだわっています。」と教えてくれました。
徹底した品質管理
収穫の際はほかのピーマンを傷つけないよう軸を実のくぼみに収まる長さに切り揃え、株に病気などがないかも確認しています。菅谷さんの圃場ではピーク時に1日約1トンを収穫します。菅谷さんは栽培について「毎年同じように育てても同じピーマンができるとは限りません。状況に合わせて栽培管理を工夫し、安定して出荷できるよう従業員の健康にも気を配っています。」と話します。
収穫されたピーマンはJAなめがたしおさい波崎青販部会選果場へ運ばれ、形や色、傷の有無を厳しくチェックした後、機械で計測・袋詰めされます。選果結果は出荷ごとに生産者へ共有されます。選果場で品質を均一に保つとともに、生産者だけでなく選果場の従業員にも講習会や目揃え会を実施することで、徹底した品質管理に努めています。
これからも愛されるピーマンを
JAなめがたしおさい波崎青販部会の髙橋部会長に今後の目標を伺うと「安全・安心であることを大前提に、これからも銘柄産地の指定を受け続けられるよう一丸となって取り組んでいきたいです」と話してくれました。菅谷さんも「気候変動に対応しながら、毎年安定した出荷を続けていきたいです」と意気込みを語ってくれました。
ピーマンは苦いイメージがありますが、波崎のピーマンは苦味が少なく甘いので苦手な方にもぜひ食べてもらいたいと話す菅谷さん。部会が毎年実施している中学生の収穫体験では、何度もおかわりする子どもたちもいたそうです。
食べ方としては、丸焼きがおすすめとのこと。ヘタを下にして立て、ワタに火を通してから、転がして焼き目をつけ、かつお節とめんつゆをかけるだけの簡単レシピです。ほかにも菅谷さんおすすめのレシピを教えていただきましたので、ぜひJAなめがたしおさい波崎青販部会のピーマンでお試しください。
取材協力
JAなめがたしおさい 波崎営農経済センター
〒314-0254 茨城県神栖市太田1888-47
- TEL :
- 0479-48-7755





