米流通テーマに有識者懇話会 第三回

 全農は12月23日、「お米の流通に関する有識者懇話会」第三回をJAビルで開催しました。

 「研究者、情報発信者に聴く」をテーマに、有識者として東京大学大学院 経済学研究科の渡辺 努氏、お米ライターで米・食味鑑定士の柏木 智帆氏、東京大学大学院 情報学環総合防災情報研究センター長で教授の関谷 直也氏、国立農業系研究機関所属の篠原 信氏に登壇いただきました。
 当日の様子をご紹介します。

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佐藤 洋一郎氏(農学者/総合地球環境学研究所 名誉教授)

冒頭のあいさつ:
 今回で3度目となる。趣旨がまだ十分に浸透していないと思い、再び米の価値について述べたい。桑田理事長が言及された「思ってもみない価値」、これは私が米を語る際に常に強調してきた点である。米は主食であり命を支え、国を支えてきた。同時に、心や精神、生態系を含む広い意味での「生」を支える存在でもある。しかし今日の日本では、米の議論が価格の上下ばかりに集中し、本質的価値への視点が薄れつつある。もちろん価格も大切だが、それを超えて、米が日本社会にとって何であったのか、今いかなる存在であるのかを、国民全体が改めて考えるべき時期に来ている。
 スライドで紹介しているが、古い文献に「山川藪沢」という概念がある。調べると養老律令(757年)まで遡り、田畑だけでなく周囲の里山を含む空間が、果実や狩猟、魚介、薪炭、材木、飼料など、衣食住の資源を生み出す「コモンズ」と位置付けられていた。つまり日本では1300年前から、米を単独の資源としてではなく、その価値を支える里山全体を大切にする思想が存在していたのである。令和の米騒動が一過性の話題で終わらぬよう、いま一度米の本質に立ち返る必要がある。
 また、米作りを支えてきた里山・森・川・海のつながりを改めて見つめ直すことも重要である。日本は「米作りに最適」と言われるが、実際は水が多すぎる土地、水が少なすぎる土地など様々であり、先人たちは困難に応じて工夫と技術を発展させてきた。治水技術や灌漑、通潤橋に代表される高度な知識は、農村社会に根付いた教養の証でもある。こうした歴史と価値を踏まえた上で、これからの米づくりを国民的議論として考えていくことが本懇話会の趣旨である。

渡辺 努氏(東京大学大学院 経済学研究科 名誉教授)

「『米騒動』の理由と帰結」

要旨:
 私は物価を専門とするマクロ経済学者として、米騒動を「米という商品を価格データからどう見るか」という視点で捉えている。今回の米価高騰は、個別事情ではなく、日本全体が長いデフレからインフレへ移行する過程で起きた現象である。日本は約30年もの間、物価もサービス価格も賃金も据え置かれる「慢性デフレ」が続き、これは世界的に見ても極めて特異な状況だった。しかし2022年頃から構造が変わり、家計・企業の半数以上が2%を超えるインフレに直面するようになった。このインフレ環境の中で食料品価格全般が大きく上昇し、米価も例外でなく、2024年夏と2025年春の2度のピークを経験し、現在は高い水準で安定している。
 ではなぜ米価が急騰したのか。経済学では価格変化を需要と供給のどちらが動いたかで判断する。POSデータで数量を確認すると、24年も25年も販売量が明確に増えており、価格高騰の主因は「需要増」であることが分かる。特に24年夏は在庫切れ店舗が急増し、消費者が米を求めて店を探し回った。これは南海トラフ警報などの影響で不安が高まり、買いだめ行動が発生したためである。
 しかしこの時、店頭価格は需要急増の瞬間には上がらなかった。本来、需要急増と同時に価格も上がれば、買いだめは抑制され、本当に必要な家庭に米が行き渡る。しかし実際は「困ったときに値上げしない」というフェアネス規範が働き、店側は値上げを控えた。その結果、早い者勝ちの買いだめが横行し、在庫切れを深刻化させた。フェアネスは道徳的には理解できる一方、需給調整機能を阻害し、必要な人ほど買えないという逆転現象を生む。この点は社会として再検討が必要だと考える。
 今後の対策として重要なのは、家計の過度な在庫積み増しを抑えることである。買いだめは「将来供給が不安」という心理から生じるため、政府や事業者が中長期で安定供給を継続する明確なメッセージを発信することが鍵となる。足元の急場しのぎの供給増はかえって不安を煽り、買いだめを加速させる場合もある。もう一つは、災害時や供給逼迫時に「価格をどう扱うのか」という社会的合意形成である。価格を上げず在庫切れを起こすのか、上げて必要な人に届く仕組みを選ぶのか、事前にルールを共有することが重要である。
 今回の米騒動は、インフレ移行期の日本に特徴的な現象であり、価格データから見ると「需要急増が引き起こした在庫不安」と言える。データに基づく検証を通して、今後の政策設計や社会全体の理解が深まることを期待したい。

柏木 智帆氏(お米ライター/米・食味鑑定士)

「令和の米騒動、お米消費拡大のエポックメイキング」

要旨:
 令和の米騒動は、お米の価格高騰や店頭からの一時的な消失による不安を生んだ一方、「お米は当たり前にあるものではない」という気づきを国民にもたらした。備蓄米や高温障害米が出回った際には、おいしい炊き方への関心が高まり、日本のジャポニカ米の粘りや甘みといった特性を再認識する機会ともなった。輸入米の増加によって外国産米に触れた人も多く、塩むすびや和食、おむすび文化を支えてきた日本米の優位性を改めて感じる契機となった。
 しかし日本の米消費量は長期減少を続け、1日1合未満という低水準が定着している。輸出拡大の声もあるが、食料安全保障の視点では国内消費拡大こそが重要である。
 米価下落による離農の進行や供給不足が続けば、日本酒製造をはじめ食文化の維持にも深刻な影響が及ぶため、供給拡大と需要拡大は常に一体で推進されるべきである。
 現代の食生活は、穀類摂取の減少と脂質の増加が顕著で、米を食べずにおかず中心となる食べ方が肥満や脂質異常の増加につながっている。香川県では小中学生の肥満やコレステロール異常が過去最高を記録し、全国でも同様の傾向が懸念される。こうした課題への有効な対策として注目されるのが「完全米飯給食」である。
 南房総市は2011年から週5回の米飯給食を導入し、ご飯とみそ汁を中心に地域の食材を生かした献立へ転換した。揚げパンなど、栄養価の数字だけを満たす給食に疑問を呈し、「子供が食べるべき普通の食事」を提供するという方針が貫かれた。米粉パンも排し、粒食としての米をしっかり味わう献立へと統一している。これにより残食率は低下し、健康改善と食習慣の形成に寄与している。戦後、パンと牛乳の給食で、ここまで私生活にもパン・牛乳が定着したことを思えば、学校給食は子供の基本的な食の基盤をつくる場であり、米飯給食は将来の米消費増につながる可能性が高い。
 ご飯の普及には、単体の食品としてではなく、食卓・食生活全体のイメージとともに伝えることが重要である。特に米と魚の組合せは日本の風土から育まれた基本形であり、全漁連との連携など、食文化を軸にした取り組みが効果的だと考えられる。また「FOODは風土」という言葉の通り、日本の気候風土に根ざした和食は健康的であり、生活習慣病が増える今こそ、ご飯とみそ汁を中心とした伝統的食生活へと見直す意義は大きい。
 お米は作り手と食べ手が揃ってこそ成り立つ。米の価値や魅力を丁寧に発信し、多くの人が日常的にご飯を選択する社会をつくることが、食文化と農業を未来へつなぐ道である。

関谷 直也氏(東京大学大学院 情報学環総合防災情報研究センター長・教授)

「社会心理学からみた令和の米騒動」

要旨:
 私は社会心理学を専門とし、災害時における人間の心理と行動を研究している。社会心理学は、うわさや風評、パニックなど、人々が集団で示す不合理な行動を分析する学問である。今回の米騒動における買いだめ行動もその一例である。私は東日本大震災後、福島県産農産物の消費回復過程を15年間調査してきたが、災害時には不安心理が購買行動に強く影響することを確認している。合理的な情報提供が回復の鍵であり、福島県内で消費が早く戻ったのは、全量全袋検査による安全性の認知が高かったためである。
 今回の令和の米騒動も、異常気象による米不足懸念が背景にあるが、心理的連鎖が需要を急拡大させた点が重要である。社会心理学では「予言の自己成就」という概念がある。ある事象が起こると予測されると、人々がその予測に沿った行動を取り、結果として予測が現実化する現象である。過去のオイルショック時のトイレットペーパーパニックや銀行取付騒ぎも同様である。2020年のコロナ禍で起きたトイレットペーパー不足も、うわさではなく「念のため」という心理が連鎖し、棚が空になる光景が不安を増幅させた。米騒動も同じ構図であり、都市部では在庫が少ないため、棚が空になるとパニックが加速する。
 こうした現象はSNSや報道が拍車をかけるが、根本原因は人間心理にある。災害後には水や主食、紙製品など生活必需品が不足しやすく、これは珍しい現象ではない。重要なのは、こうしたパニック的行動が一時的なものであることを理解し、冷静な情報発信を行うことである。今回の米騒動と南海トラフ臨時情報の関連も指摘されたが、調査では因果関係は認められず、単なる時期の重なりである。
 本質的な課題は、米流通や農業の仕組みに対する社会の理解不足である。食管制度廃止後、流通経路は複雑化したが、多くの人はその実態を知らない。この不透明さが不安を増幅し、パニックを助長したと考えられる。私は福島で農業研究者と協働し、JAや農林中金など系統組織の役割を学んだが、一般にはほとんど認知されていない。農業や食料安全保障を支える仕組みを広く伝えることが、今後の危機回避に不可欠である。
 今回の米騒動は、単なる一過性の現象ではなく、農業情報の不足という構造的課題を浮き彫りにした。国産米の安定供給や食料安全保障を守るため、流通の透明化と情報発信を強化し、社会全体で理解を深める必要がある。農業の基盤と流通構造を正しく理解し、国産米を守ることが、将来の食の安定につながる。

篠原 信氏(国立農業系研究機関 所属)

「農業とエネルギー、日本の食料基盤」

要旨:
 私は農業研究者として、水耕栽培に有機肥料を組み合わせる「プロバイオポニックス技術」を開発している。今回招かれたのは専門家というより、日頃からSNSで情報発信を続けている立場ゆえである。米の専門家ではないが、米騒動について仮説を発信したことがきっかけである。私は、近年のふりかけ売上の急増や、子どもにだけおかずを食べさせ親はふりかけご飯で済ませる家庭が増えているという話をもとに、日本の貧困化がタンパク質不足を招き、結果として米需要が高まった可能性を指摘した。タンパク質が不足すると炭水化物を多く摂らざるを得ないという生理学の知見から導いたものである。
 ただ今日は米の話ではなく、農業とエネルギー、そして日本の食料基盤について話したい。著書『そのとき、日本は何人養える?』で示したように、日本が国内だけで食料を生産できる人口はせいぜい3,000万人である。理由は、現代農業が極めて石油依存だからである。化学肥料、とりわけアンモニア製造には世界エネルギーの1〜2%が使われており、農業全体としても収穫エネルギーを上回る石油を投入している。エネルギーベースで見れば食料自給率は実質マイナスであり、石油が不足すれば食料生産そのものが危うくなる構造にある。代替エネルギーは効率や貯蔵の観点で石油に及ばず、農業の脆弱性は大きいままである。
 さらに懸念しているのは、中山間地の崩壊である。医療・教育・商店など生活基盤が失われつつあり、農家自身が都市部から通う傾向が強まっている。しかし人口が減れば道路補修や獣害対策など地域維持機能が失われ、結果として熊や猪が平野部に押し寄せるリスクが増大する。大規模化した現代農業では、農地も自分の身も守れなくなる可能性がある。
 この状況で重要なのは「農村に非農家人口を残す」ことである。農家人口を無理に増やすのではなく、スーパー、病院、学校、ガソリンスタンドなどを維持するだけの人々を住み続けさせることが地域存続の鍵である。その点で、准組合員制度を農村維持に活かすべきだと考える。草刈りや水路管理、獣害対策を担う“地域の仲間”として位置づけることができる。
 東京一極集中を緩和し、農村に人を呼び込むためには、企業の本社機能や業界団体の事務局を地方に移す制度設計、ネット環境の整備、JAによる地域ベンチャー支援など、多様な施策が必要である。農村部に多様な職業の人々が暮らし続けられる社会こそが、日本の食料安全保障を支えると考えている。

懇話会後の意見交換

懇話会後、本会との意見交換でも大変貴重なご意見やユニークなご提案などをいただきましたので紹介します。

  • (1)消費者の格差拡大で、食に困る人が増えているため、格差是正が重要。
  • (2)歴史的に兼業農家は農村維持に貢献してきた。今後も米生産を支えるため、兼業農家の価値を見直す必要がある。
  • (3)西日本は小規模農家が多く、大規模化一辺倒では地域農業を守れない。地域全体で後継者確保を考える必要がある。
  • (4)高級店の高価格には不満が少ない一方、安価な商品が値上がりすると反発が強い。これは食のリテラシーが原材料価格に反映されないためであり、米価設定の難しさを示している。適正な価格のあり方を検討する必要がある。
  • (5)日本社会全体で価格転嫁のノウハウが不足しており、農業も同様に消費者の理解を得る戦略が弱い。
  • (6)価格上昇を納得させるマーケティングや説得の仕組みを確立する必要がある。
  • (7)中山間地の小規模農家が減ると米の自給率が大きく低下する恐れがある。西日本では大規模化が難しく、副業機会も乏しいため、若者の定着が困難である。
  • (8)兼業農家を維持し、地域で農業を続ける仕組みづくりが課題である。

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